命の砂時計
帝国ホテルで母校の会員組織のお食事会をかねた定例会があり、 どんなものかと既会員の先輩に同伴して、参加させていただきました。
2名の紹介が必要だったためか、私が生まれた頃にご卒業された大先輩がお二人、来てくださいました。 まだ入会するとも決めていなかったので、なんだか申し訳ない気持ち💦
そのうちお一人は、朝、体調が悪いから申し訳ないとメールいただいていました。なのに、私を気にかけて、会の途中に駆けつけてくださったご様子💧
少し赤いお顔の潤んだ目👀
私は、帰りの道すがら、心苦しいのか、心配で悲しいのか、心遣いが嬉しいのか、なんだか複雑な気分。
何年も付き合った間柄ではなくて、たまたま大学の先輩と後輩として出会っただけ。そういう私のために、時間と労力を割いてくださるかたがいる。
ご高齢で、こう言ったら大変申し訳ないのですが、 人生の残り時間が多くないなか、余計に、その残された時間を誰と過ごすのかは重要だろうと思うのです。
会う前から、会うべき人を取捨選択する人がいる、 会ってすぐ、表面上の理解で、ヒトの断捨離ができる人がいる、 深く付き合っても、その共有した時間と一緒に人を切れる人がいる。
そういうヒトの断捨離に慣れた人が世の中にいることを知ってくると余計に、 見ず知らずながら、貴重な時間を割いて会ってくれる人、 知り合って間もないながら、時間と労力を割いてお付き合いくださる人、 そういう方々への感謝と尊敬を感じます。
先週末の小豆島で時間を割いてくださった方々とか。 見回すと、そういう方々の周りには、そのかたの良さを深く理解して 愛し、助けてくれる人たちの豊かな集まりが、広がっているのが見えます。
サラサラと音をたてて落ち続けて戻ることはない、黄金の命の砂時計。

元には戻らない貴重な時間だからこそ、一瞬だけでも共にした人に、 私は、ありがとうという感謝の気持ちと、愛着を感じて、大切にしたいと思います。
香りとは関係ない、つぶやきでした。